7th
インターネットは、対象やステークホルダが複雑に絡み合い、かつ、常に変化しているので、予め「こうあるべき」という姿を定義することはほぼ不可能である。そして、その目的も、いつからかは自己目的化している。そのインターネットのこれからを考える、というのはどういうことなのか。対象が多様で巨大、かつ、自己(主体)と対象(客体)を明確に分けることができないような場合、自己とは一体何か、どのようにモデル化すればよいのだろうか。-これは、これまで哲学が散々やってきたことである。
哲学は終わっているかもしれないが、それでも、社会は廻っているし、インターネットは動いている。これはすごいことで、私はここに希望を持つ。新たなシステム論や科学哲学のようなものを整理し提示することによって、これからの方向性を考える助けにならないかと思っている。勿論、「思考のフレームワーク」なんて虫がよくて、単に底知れない深淵に沈むだけかもしれないが。
もう一度人生をやり直せるなら・・・・
今度はもっと間違いをおかそう。
もっとくつろぎ、もっと肩の力を抜こう。
絶対にこんなに完璧な人間ではなく、もっと、もっと、愚かな人間になろう。
この世には、実際、それほど真剣に思い煩うことなど殆ど無いのだ。
もっと馬鹿になろう、もっと騒ごう、もっと不衛生に生きよう。
もっとたくさんのチャンスをつかみ、行ったことのない場所にももっともっとたくさん行こう。
もっとたくさんアイスクリームを食べ、お酒を飲み、豆はそんなに食べないでおこう。
もっと本当の厄介ごとを抱え込み、頭の中だけで想像する厄介ごとは出来る限り減らそう。
もう一度最初から人生をやり直せるなら、春はもっと早くから裸足になり、秋はもっと遅くまで裸足でいよう。
もっとたくさん冒険をし、もっとたくさんのメリーゴーランドに乗り、もっとたくさんの夕日を見て、もっとたくさんの子供たちと真剣に遊ぼう。
もう一度人生をやり直せるなら・・・・
だが、見ての通り、私はもうやり直しがきかない。
私たちは人生をあまりに厳格に考えすぎていないか?
自分に規制をひき、他人の目を気にして、起こりもしない未来を思い煩ってはクヨクヨ悩んだり、構えたり、落ち込んだり ・・・・
もっとリラックスしよう、もっとシンプルに生きよう、たまには馬鹿になったり、無鉄砲な事をして、人生に潤いや活気、情熱や楽しさを取り戻そう。
人生は完璧にはいかない、だからこそ、生きがいがある。
ドラッカーさんかわいい
(via rintarock)
(via kasmi-nuko)